REPORTAGE / 2004–2010

横山春光の中国武術留学記

R2-D2八卦掌

師を探して

秋も深まって夜明けが遅くなると、卜老師の早朝練習は量が減り、その分だけ午後の“鬼指導”がボリューム・アップしました。それでも救われたのは、それまで“卜老師と私だけ”だった逃げ場のない一対一の指導に、小路(シィァオ・ルー)という私と同い年の男性が新しく加わったことです。

彼は軍隊に10年間もいたそうです。退隊後、身の振り方に悩んだ末に出した結論が、「中国伝統武術を習得し、カナダへ移住して、海外で中国伝統文化を継承していく!」というものだったのです。

小路は朝から晩まで『卜氏八卦掌』の特訓をしていました。では、移住の手続きや通訳といった条件はどう整えるのかというと、「奥様が賄う」ということらしいのです。

(10年間も軍隊にいて、退隊して間もないし、一般社会にも馴染めないと言っているのに、どうやって結婚相手を探したんだろう?やっぱり、許婚とか、お見合いとか、かな?)

恋愛とはまったく縁のなかった私が、好奇心から小路に奥様との“馴れ初め”を尋ねてみると、な、なんと、インターネットで知り合ったのだそうです。彼の雷神のような勇ましい容貌と、インターネットで知り合った女性と結婚するという現代風のイメージとのギャップがあまりにも大きくて、私は驚きました。

そして、驚いたのはそれだけではありません。小路の八卦掌の練習の様子が、まるで映画『スター・ウォーズ』シリーズの『R2-D2』(ロボット)のようだったのです。

(『R2-D2』だ!『R2-D2』八卦掌だ!)

そう言えば、韓国の友人たちに聞いた話を思い出しました。2年間の徴兵から帰ってくると、暫くはラーメンを食べるのも“カクカク”した動きになるのだそうです。ラーメンを、まず真っ直ぐ垂直に持ち上げて、それから水平に口へ運ぶ(本当らしいです)。小路は10年間も軍隊にいたのですから、その四角四面ぶりといったら、歩いているだけで「ウィ〜ン、ガチャン」という、聴こえるはずのない音が聴こえて来るほどでした。

しかし、さすがは軍隊で鍛え上げられた精神力と体力です。彼は休むことなく大量の練習をこなし、卜老師も小路に向かって、「練習熱心で、結構、結構……。少々“不顺畅(ブー・シュンチャン/スムーズではない)”じゃが、練習の量をこなせば柔軟になってくるじゃろう」と指導されていました。

かくいう私は、ひょろひょろ・ひょろひょろと、うまく脱皮できなくて“もんどり打っている”小蛇のような動きで、無尽蔵に体力のある小路を横目に、必死に八卦掌の練習に取り組んでいました。

そんな両極端な私と小路でしたが、年齢が同じという以外にも、もう一つ共通点がありました。お互い母子家庭で育った、ということです。ある日の午後、卜老師が急用で出かけられた時に、小路は私に向かってこう言いました。

「片親で育ったら内向的な性格になるんだよ、君もそうだろ。だから結婚相手は明るくて、天真爛漫で、でも繊細な気遣いができて、包容力がある人じゃないとダメだ。絶対にそういう人じゃなきゃダメなんだよ、いいかい、わかったかい、そういう男を見つけなきゃ、君はダメだね……」

中国では、お天気の話でもするように婚姻の話をします。30歳の女性が結婚もせず、一人暮らしで武術の鍛錬に明け暮れているという状況は、周りから見ればよほど珍しかったのだと思います。小路は、新婚ホヤホヤで気分が高揚しているのか、元からそういう性格なのか、ことあるごとに私の結婚相手について「あーでもない、こーでもない」と議論をふっかけてくるので、私は閉口しました。

ある日、堪り兼ねた私が「小路は良い奥さんを見つけたんだね。小路は女性を見る目があるんだね……」と言った瞬間、小路は突然“雷神”のような容貌を豹変させ、それはそれは“デレデレ”と、奥様のノロケ話を延々と始めたのです。

(い、意外な反応!)

(ってゆーか、ノロケ話をしている時の小路って“カクカク”してない!)