2009年4月末、いよいよ麻林城老師にお会いする日が訪れてしまいました。
どんなに練功してもある一定の状態から上達できなかった私は、(今回で麻林城老師に勘当されるかもしれない……)と覚悟して、待ち合わせの練功場所に向かいました。その時の私は、「絶望という言葉だけで体が形成されているのではないか」と思えるほど、絶望で満たされていました。
しかし、結果は大きく違っていました。麻林城老師は私の動きを一通り見終わると、「わかった、では次の段階に進めよう」と仰いました。私の心は既に麻痺していたので、言われるがままに新しい練功方法を学びました。それまでは、いわゆる外側だけの動きを指導して頂いていました。麻林城老師は私を試していたのだ、とその時の私は思いました。
新しい練功方法は、明らかに体が求めている感覚であり、私は(逃げ出さなくて本当に良かった)と心の底から思いました。麻林城老師は指導の終わりに、静かなお声で「体を大切にしなさい」と仰って下さいました。
師を得た喜びは、命を与えられたことと同じくらい幸福なことです。その頃、私はまるで苦しみや絶望は永遠に何処かに消えてしまったかのように、元気に練功に励みました。早朝練習が終わると、よく大好物の“鸡蛋饼(ジーダンビン/卵入りのお焼き)”を買って、公園でモグモグ食べました。一人ぼっちでしたが、幸せでした。遠く、ずっと遥か彼方の遠くにですが、師の背中を見ていられる。孤独な人生に、明かりが灯ったようでした。
5月に入り、私は繁華街からずっと離れた場所にある団地に引っ越しました。暖かい季節の公園は人が多すぎて練功にならないので、静かな団地の広場で練功するようになりました。
この時期から、麻林城老師のご指導は徐々に深遠になっていきました。眼法や呼吸法、外形と内面の融合……。とても文章では表現できないと感じた私は、デジタルカメラで自分を動画に撮って、動画メモを残すようになりました。ありがたいことに、そんな私の様子を見ても団地の住人の人たちは誰もジロジロ見なかったので、その日にご指導頂いたことはなるべく動画に撮って、何度も何度も見返して、頭と体に叩き込むようにしました。
私は夢中でした。心には一点の迷いもありませんでした。幸せでした。目を閉じて、麻林城老師がほんの僅かに見せて下さる螺旋の動きを心で追うだけで、全てが満たされました。骨組みだけだった太極拳に、神経が形成され、肉がつき、血が通うようになりました。
私は、螺旋の動きに魅入られたのです。