2008年2月下旬。北京で麻林城老師と今後の学び方についてお話しする日が近づき、私は毎日そわそわと落ち着かない日々を過ごしていました。
考えれば考えるほど“ジリジリ”と緊張してくるので、私はほぼ毎日、河南省鄭州市の街に出かけていました。思えば、太極拳発祥の地である、という視点でしか、河南省を見たことがなかったのです。
この日は何かの記念日だったらしく、街には毛沢東の旗がたくさん掛けられていました。そしてこの年は北京オリンピックの年でもあったので、記念のマスコット(?)らしき人形があちこちで売られていたのですが、その強烈なカラーリングと、一緒に街に繰り出していた知人が語る毛沢東についての解説と、車の排気ガスと、空腹で、2時間も歩かないうちにヘロヘロになってしまいました。逛街(グアンジエ/街をブラブラ歩くこと)は本当に苦手だったので、私は調子が狂ってしまい、適当に入った食堂で兰州拉面(ランジョウ・ラーミエン/回族のラーメン)を食べて、ちょこっとだけビールを飲んだら……翌日、見事にお腹を壊して風邪を引いてしまいました。
例によって例のごとく、小朱に「も〜、また養生しないで体調壊してー!!」と叱られ、お見舞いに持ってきてくれた小朱特製の「白キクラゲ・スープ」を大人しく飲んで、なんとか風邪は治ったものの、緊張は一向に収まらず、体調が良くなると私はまた性懲りもなく、そわそわと街へ繰り出していました。
妙な状態の時は、妙な物を見つけてしまうものです。
私は鄭州の超市(チャオシー/スーパー・マーケット)の文房具売り場で、とんでもないアイテムを発見してしまいました。
これは、……文房具のノートです。
【写真:ノート】
可愛らしいクマちゃんや猫ちゃんのキャラクター文房具に混ざって、なぜか気合の入りまくった日本風(?)の文房具が売られていました。痺れたようにそのノートを手に取った私は、何かに取り憑かれたように迷わずレジに行って精算をすると、自宅に持って帰りました。
自宅でまじまじと、そのノートを見つめていると、あまりにも「はっちゃけた」そのノートの姿に、(このノートに何か文章を書かなければならない、というシチュエーションを想定してみたら、大抵のことは常識として受け止められるだろう……)と、妙に落ち着いて考えられるようになりました。
(いや、全然落ち着いていなかったのかもしれません)
とにかく、「こんなことをしている場合ではない!」と我に返った私は、北京へ向かうまでの残りの数日間、八卦掌の練習に打ち込むことにしました。公園にはもう春の兆しが訪れていました。朝晩は寒かったですが、日中は思いきり外で練習を行える気温になっていました。
練習の帰り道、雛に粟をあげている女の子を見かけました。雛を見守る女の子の背中が、とても可愛くて健気で純粋で、きっとこんなに小さな女の子でも、雛を守るためなら大きな勇気が出せるのだろうな。そんなことをボンヤリと考えながら、私は夜の冷気の気配から逃げるように、家路に着きました。