6月・東京
2009年6月、一時帰国中に雑誌の取材を受けました。インタビューの時は頭が真っ白になって、写真撮影は本当に目も当てられないくらい緊張しました。
帰国中は、一人で東京の街をぶらぶらしていました。いつも一時帰国中は浦島太郎のようにとても寂しい思いをするので、この時は中国でカメラを借りて持ち帰っており、目に入ったものを色々と写真に撮りながら歩く算段でいました。これがとても楽しくて、彼方此方へ出掛けました。
毎回のことですが、一時帰国した時に強烈に感じるのが、日本のトイレの清潔さです。デパートの化粧室なんかビックリするくらい綺麗で居心地が良いので、「私はここで食事ができる」と心底思いました。何度帰国しても色褪せることのない日本のトイレの美しさへの感動を忘れないように、ご機嫌な自分を鏡に映して撮りました。
それからバスに乗って、調布市にある『神代植物公園』に行きました。初夏の爽やかな風が窓から吹き込んできて、生き返ったような気がしました。なんとかそういう気分の写真を撮れないかと何枚も“自分撮り”していたら腕が疲れてきて、我ながら(何をやっているのだろう……)と悲しくなってきたのでやめました。中国の北部に住んでいるとなかなか緑に包まれる機会がないので、『神代植物公園』の入り口に着いた時には、溢れんばかりの森林ミストに感無量になってしまい、ヘナヘナと地面に座り込みそうになりました。
お天気は曇りだったのですが、公園に入ると素敵なおじいちゃんが高級そうなカメラで“ショウブ”の花の写真を撮っていました。(おおお、これは負けてられないぞ〜!)と私も意気込んで撮ってみました。もう少し奥に歩いていくと、今度は凄い設備のカメラ愛好家を発見!生まれて初めて、カメラ本体より大きなレンズを見ました。
「好大!(ハオ・ダー/おっきい!)」
「好高级!(ハオ・ガオジー/高級だぁ!)」
この頃は日常の思考はほぼ中国語で行っていたので、独り言も中国語で喋っていました。気がつくと、たくさんの人達が緑に隠れて、何かの種類の小鳥を撮影しているようでした。私のレンタル・カメラではとても小枝の間を飛び交う小鳥は撮れませんでしたが、同じ趣味の人が周りにたくさんいると思うとなんだか楽しい気分になってきて、一人でも寂しくありませんでした。小さな花?か昆虫?を撮影している人もいて、「色々なレンズや装備があるんだなぁ」と思いながら歩いていると、ベンチにずらっと並んで座っているカメラ愛好者チームに出くわしました。一人一台ずつゴージャスなカメラを設置してお喋りを楽しんでいる光景を見た私は、カルチャーショックを受けました。私がまだ幼かった頃、「カメラで写真を撮られたら魂を抜かれる」なんていう迷信を耳にしていた時期があったりしたので、大きなカメラというのは、特殊な能力を持った選ばれし賢者が扱える、神秘的な機械だと思っていたのです。ですから、ゴージャスなカメラを設置してずらっと並んでおられる人々の光景は、私に言わせると、“賢者の集会”です。
何はともあれ、緑に包まれているのはとても心地よかったので、公園のなかをテクテク歩いていると、名物らしきお蕎麦屋さんがあったので、天ぷら蕎麦を食べました。私は九州出身なので、うどん好きです。お蕎麦の味は正直全然わかりません。が、その時ばかりは(こ、これは、天上界の人々のような暮らしだ〜)と思いました。日本と中国のギャップに頭が麻痺していて、写真のピントも合っていませんでした。
それから中国に戻るために、麻林城老師のご家族へのお土産を探しに渋谷のLOFTに行きました。そこで私は、見たことのない光景を目撃したのです。
(霧、霧がっ!)
(建物から霧が噴射されているっ!)
(故障、故障なのかっ!なんなんだ!)
驚き慌てふためいている私の目の前で、若者達が謎の霧を浴びて喜んでいます。(ど、どうやらあれは、快適な環境を作り出すための装置らしい)そう悟った私は、恐る恐る霧の下へ行ってみました。
(おお、すずし〜い♪)
日本は凄い国だと思いました。
繁華街は刺激が強すぎるので、練功がてら吉祥寺の『井の頭公園』に行きました。行く途中で『三鷹の森ジブリ美術館』を見掛けました。井の頭公園に辿り着いてからしばらく公園内をぶらぶらしたのですが、結局この日は蒸し暑く気分が乗らず、まともに練功できなかったので、思い切って1人でボートに乗ることにしました。セレクトしたボートは、もちろん足漕ぎタイプの“スワン”です。これが思いのほかテンションが上がり、頭が熱くなった私は、池の端から端までペダルを踏みまくりました。のんびり平日の午後をお父さんと一緒にスワンボートに乗っている子供を横目に、三十過ぎの女が1人で額に汗してロー・スピードで“スワン”を乗り回している姿は、異様な光景だったかもしれませんが、本人はもの凄く楽しくて、ノリノリでした(もっとも、男性と乗れる機会があるのであれば、向かい合って漕いでもらえる手漕ぎボートが良いに決まってますが……)。
本当は、一日も早く北京へ戻って練功を続けたかったのです。6月20日、私は北京へ戻りました。
7月上旬・北京
7月上旬、私は雑誌の取材で必要になった写真を撮影するために、『万里の長城』に行きました。
中国のことわざに「不到长城非好汉(ブーダオ・チャンチョン・フェイ・ハオハン)」という言葉があります。直訳すると「万里の長城に行ったことが無ければ、一人前の漢(おとこ)とはいえない」という意味で、掘り下げると「困難を乗り越え、目的を果たして、はじめて一人前の漢と呼べる」となります。また、「不见黄河不死心(ブージエン・ホヮンハー・ブー・スーシン)」という言葉もあります。行き詰まるところまで行かなければ、諦めないという意味です。河南省に留学していた頃、黄河は何回も見たことがあったので、あと残るは万里の長城だと思った私は、この撮影をとても楽しみにしていました。
本当は自分の足で登りたかったのですが、同行してくれた河南省のカメラマンさんに「そんなことしたら、写真を撮る前に日が暮れちゃうよ」と言われたので、素直にロープウェイを使って登ることにしました。が、私は自分が高所恐怖症であることを、この時やっと思い出したのです。(山の斜面を登るだけなら、そんなに高度はないだろう)と、たかをくくっていたら思いのほかぐんぐん上昇していき、おまけに強風に煽られてぐらんぐらん揺れ始めたので、私の恐怖メーターは一気に振り切ってしまい、到着までずっと「あー!!きゃー!!」と絶叫してしまいました。
しかし、恐ろしいのはロープウェイだけではありませんでした。本当に恐ろしかったのは、『万里の長城』そのものだったのです。
急勾配!
私は、冗談ではなく本気で恐れおののきました。
(あ、あり得ない……、こんなとこ歩ける訳がない……)
高所恐怖症と言っても、飛行機やロープウェイが苦手な人はたくさんいますし、私は高層ビルやディズニーランドのスペースマウンテン(暗いのであまり怖くない)なら何とか耐えられるので、そんなに深刻な高所恐怖症ではないと思っていたのですが、『万里の長城』の恐ろしさは尋常ではありませんでした。まさに一歩も『万里の長城』に踏み込めなかったのです。平らに見えるところは実は平らではなく、かなりの傾斜があり、そこから更にバラバラの角度がついた階段が何処までも連なっています。それを下りろというのです。そんなの無理です。
私には、歴史のロマン溢れるはずの『万里の長城』が、名作RPGゲーム『ドラゴン・クエスト』に出てくるモンスターの“ひとくいばこ”に見えました(“ひとくいばこ”とは宝箱に擬態したモンスターで、素敵なアイテムが手に入るという期待を胸に宝箱を開けたら、いきなり攻撃力の高いモンスターと戦う羽目になる、という子供心にトラウマになりかねない大変恐ろしいモンスターなのです)。
「私は宝箱を開けた!なんと宝箱はひとくいばこだった!」……状態です。
しかし、カメラマンさんは余裕の表情で、「はやく撮影場所を探そうよ」と私を急かします。周りの観光客の人々も、「思ったより急な階段だわね〜、転んだら危ないわよね〜」と言いながら、ずんずん階段を下りていきます。ご高齢の方も少なくありませんでした。
(な、何故だ、何故みんなこんな危険な場所に平気で足を踏み入れることができるのだっ?!)
一歩でも足を滑らそうものなら、待っているのは最悪の事態であることは間違いありません。私は「躊躇している」のではありませんでした。完全に「無理だ」と判断していました。
そんな私を見て、カメラマンさんはイライラしてきたようで、「子供もお年寄りも平気で観光してるのに、なんで武術を学んでる君が万里の長城を歩けないの?」と言ってきました。その言葉に深く傷ついた私は最悪の気分になり、どうにか最後のプライドを振り絞って階段を降りることはできましたが、簡易トイレで表演服に着替えて軽くメイクをした後は、ずっと無言のままでした。
「とりあえずカメラチェックしたいから、そこら辺でポーズとってみて」
私はわざわざ来てくれたカメラマンさんに申し訳ないと思い、黙ってポーズをとりましたが、万里の長城に吹き荒れる強風で顔も髪の毛も表演服もビロビロに乱れ、とても意識を集中することができず、本当に嫌になってしまいました。
「すみません、私はもともと眼が光に弱くて、屋外だと眩しくて眼が開きにくいんです。それにこんなに風が強いと尚更眼が開かなくて……。髪も乱れてしまうし、服も体に張り付いて恥ずかしいし、もう少し風が弱くなるまで待って貰えませんか?」
「え?なに?どうしてそんな不機嫌な顔してるの?こんな写真映えのする場所に来たんだから、もっと気合い出してよ!君は練武の人でしょ」
「……」
私は、とうとうムッとしてしまいました。不機嫌になった私にはまったく気がつかず、ずんずん歩いて万里の長城の写真を撮っているカメラマンさんの後を必死について歩いていると、急勾配への恐怖と、夏とは言え薄着で長時間強風に煽られていたせいで体が冷えたのか、具合が悪くなってきました。
階段の途中にあった砦を通りかかった時、ついに座り込んでしまった私は、我慢できなくなって、堰を切ったように突然泣きじゃくりはじめました。突如変貌した私の様子に驚いたカメラマンさんは、再び「ちょっとちょっと、泣くと心身の状態が悪くなるから、良い写真が撮れないよ」と身も蓋も無いことを言い始め、更に傷ついた私は、慟哭から嗚咽へと、そして“疲れ切ってさめざめ泣く”から“放心状態泣き”へと、泣くという行為のあらゆるパターンをオンパレードして、泣き続けました。カメラマンさんがうんざりといったため息を何度もつくので、そのたびに私は新しく泣く動機を得て、泣き止まないという悪循環が数時間続きました。
万里の長城は観光地なので管理員さんがいるらしく、私はとうとう管理所に連れて行かれました。そこで管理員の優しいおじさんに慰められて、温かいお湯を飲ませて貰って、メイクを直せる洗面所を貸してもらって、励まされた私は、やっと冷静さを取り戻しました。
気が済むまで泣き喚いたせいか、急勾配への恐怖心が薄れていた私は、泣き腫らした顔を洗って、適当にメイクをして、再び万里の長城に挑みました。
結局採用された写真は、華佗五禽戯の『鶴の戯』の写真でした。
何はともあれ、無事必要な写真を撮り終えた私はすっかり気分が良くなって、帰りはロープウェイには乗らず、山道を歩いて降りました。あんなに恐ろしいと感じていた万里の長城も、撮影のプレッシャーがなくなり、また場所に慣れてくるととても楽しくなり、キャッキャ・キャッキャと喜んで、色々な場所で華佗五禽戯の各動物のポーズの写真を撮って貰いました。カメラマンさんは「うん、面白いね、その顔」と言いながら、シャッターを押してくれました。
中国映画によく登場する『万里の長城』ですが、実物はスクリーンで観るより遥かに迫力があります。将来再び訪れる機会があったら、ロープウェイでいきなり長城までワープしてしまうと“ただの怖い坂”になってしまうので、事前にしっかり登山鍛錬をして、完全登山装備で、麓からガッチリ臨みたいと思いました。