2008年11月。私は「この先どうしたらよいのだろう……」という迷いを抱えたまま、太極拳館に通い続けていました。八卦掌の練習場所は相変わらずで、早朝の公園なら比較的人は少ないので早起きをして練習しようと何度も試みたのですが、長続きしませんでした。
ある朝、いつものように冴えない心境で太極拳館に向かう準備をしていた時、ふっとテレビに気になる映像が流れていました。鹿の動きを真似た気功法のようでした。私は動物が好きなので、なんとなく見過ごせない気分になり、ベッドの上に座ると、その番組を最後まで観ることにしました。番組は15分ほどで終了してしまいましたが、どうやらそれは『五禽戯(ウーチンシー/ごきんぎ)』という気功法であることがわかりました。
なんだか気になって気になって仕方がなくなったので、気功に詳しい知人に頼んで調べてもらうと、五禽戯は中国の後漢の晩期に神医と呼ばれた名医・華佗(かだ)によって創始されたらしく、発祥の地である安徽省に第五十七代の継承者がいらっしゃるということだったので、私はいてもたってもいられなくなり、すぐに連絡をして、連れて行って貰うことにしました。直感さえあれば直ちに行動できる私は、翌週には董文煥(とう・ぶんかん)老師にお会いすることができました。
董文煥老師は、もともと形意拳の達人だったそうで、その修行時代には感動するエピソードがありました。若かりし日の董文煥老師は身長が180センチ以上あったらしく、形意拳を学ぶのにその長身は有利ではなかったそうです。身長が釣り合わないという理由で、対練の相手をしてくれる仲間に恵まれなかった董文煥老師は、一人黙々と苦練を重ね、功を積み、最後には師匠の一番弟子になったそうです。そこまで苦労をして習得された形意拳ですが、董文煥老師は生まれ育った土地に約1800年に渡り受け継がれている五禽戯を継承する重大な使命を感じ、後にこの『華佗五禽戯』を継承されたそうです。
私が董文煥老師に初めてお会いした時、お弟子さんの案内で、董老師の站桩功(ジャンジュアンゴン)を拝見する機会を頂きました。董老師が立って数秒も経たないうちに、下半身から関節や骨が鳴るような音が聞こえ、お弟子さんは、内気によるものだと説明してくれました。
実は、私がこの現象を目撃するのは二度目でした。一度目は、90歳を超えていらっしゃる卜文徳老師に初めてお会いした時に拝見させて頂いたことがあったのです。その時もお弟子さんから、内気によるものだと説明を受けたのですが、当時の私は内心(加齢によるものでは……)と疑っていたのです。さすがに、二度目は信じました。
董老師は「馮志強老師は非常に武徳が高く、優れた功夫の持ち主です」と仰いました。私は(やっぱりなぁ)と、その言葉に感銘を受けました。
それから董老師は私の顔色を見ると、「あなたは脾虚(ひきょ)のようだから、“熊の戯”を多く練習するとよいでしょう」と言って、自ら熊の肩の動きを指導して下さいました。
私は、愕然としました……。思うように肩を動かせなかったのです。太極拳や八卦掌だけではなく、ヨガの経験もあったので、体の柔軟性には多少の自信があったのですが、まぁそれはそれは見っとも無いくらい、全然肩が動かないのです。
(一体、どういうことなんだ……)
衝撃を受けた私は、もう夢中になって“熊の肩ゆすり”の動きを繰り返しました。するとなんだか「ホワ〜」っと体が温かくなってきました。実はその日はとても体調が悪く、腹痛と貧血で立っているだけでもやっと、という状態だったのですが、両肩をぐるぐる回しているだけで気分も良くなり、付き添いで来てくれていた友人も「あれ、さっきまで青白い顔をしていたのに、血色が出てきたね」と言ってくれました。
体が細く腕の長い私にとって、たくましい体を持つ熊の動きは苦手でしたが、董老師に「あなたの心身に健康をもたらすでしょうから、是非取り組んでいきなさい」と仰って頂いたので、とても嬉しく、また心が温まりました。
華佗五禽戯は、虎・鹿・熊・猿・鳥の五つの動物の型から構成されています。各動物の特徴を表現したストーリーがあるので、とても楽しく練習することができます。私は、夢中になって、それらの動物の動きを学びました。いつもプレッシャーと背中合わせの留学生活でしたが、五禽戯の故郷を訪ねる旅では、太極拳や八卦掌が誕生する遥か昔の1800年前にタイムスリップして、原始的な体の欲求を感じることができました。
素直に、動くことが楽しい、学ぶことが楽しい、と思いました。
三国志に登場する曹操が、こっそり兵を運ぶために作らせた『運兵道』という地下道も恐る恐る見学できて、束の間でしたが、歴史の一ページを体験できた気分になりました。来て良かったと思いました。集中すると周りどころか自分自身ですら見失ってしまう性格なので、たまには角度を変えて世界を見てみるのも大切だなぁ、と多分すごく当たり前のことを、染み染みと感じました。
古代中国、まだ近代医学が登場する遥か昔、人類が心身の健康を願って編み出した原始の動きには、とても純粋な感動がありました。
この旅の最後に、董文煥老師から2つのお言葉を頂きました。
「メイダイヅ、あなたが帰国をしたら、必ず専門の指導者となるよう、私と約束してください」
私は「わかりました、老師。そうします」と答えました。
そして、2つ目のお言葉。
「メイダイヅ、いいですか、花は咲くときが来たら咲けばよい。そして、散るときが来たら散ればよい」
「なにも、必死に枝にしがみ付いて、咲き続けなければならないことはないのだよ……」
私には、この言葉の意味がわかりませんでした。しかし、大切な大切な言葉だということはわかりました。一生を懸けて、この言葉を知るために練功を続ける価値がある、と本能が頷いた瞬間でした。