REPORTAGE / 2004–2010

横山春光の中国武術留学記

邯鄲第十一届国際太極拳運動大会

武縁

2008年10月17日の早朝、私は河北省の邯鄲市で開催される『中国邯鄲第十一届国際太極拳運動大会』に出場するため、河南省の鄭州駅で団長の元社交ダンサーのおじさんと、16歳の許くんと、24歳の呉さんと待ち合わせをして、一緒に列車に乗りました。

実はこの日の前日から微熱を出していた私が、団長に「我有点感冒了……(ウォー・ヨウディエン・ガンマオラ/私、ちょっと風邪ぎみみたいです)」と報告すると、「哎哟!你太不小心了,一感冒就浑身没劲了(アイヨ!ニー・タイ・ブーシャオシンラ、イー・ガンマオ・ジウ・フンシェン・メイジンラ/なんて不注意な、風邪を引いたら途端に力が発揮できないじゃないか)」と叱られました。

数時間列車に揺られて邯鄲市に着いた頃には、いよいよ熱が本格的に上がってしまい、(倒れるかもしれない)と思ったのですが、食事の時間が決められていたり、会場の状態を視察する時間(床やマットの状態を事前に確認できる時間)が決められていたので、それらをスルーするわけにはいかず、仲間の背中を見ながら朦朧とした意識で、一連の作業を済ませました。

夜には盛大な開幕式が行われることになっていたので、私は選手村の中庭に練習に行った仲間と別れると、早めに自分の部屋に入り、ベッドに横になりました。目を瞑ってしばらくすると、ルームメイトらしき広東省訛りのおばさんが、やんややんやと独り言を言いながら部屋に入ってきました。私が挨拶をすると、広東省のおばさんは荷物を手際よく解き、「風邪なら一人でゆっくり休んだほうがいいわよ」と気を使ってくれて、外出してくれました。

2時間ほど休むと少し具合が良くなってきたので、中庭で練習をしている仲間と合流し、夕食を一緒に食べ、団ごとに乗る時間を指定されているバスに乗り込み、いよいよ開幕式に向かいました。開幕式は私が想像していたよりもずっと盛大で、選手として行進していると、風邪なんて忘れてしまいました。

邯鄲市は陳式太極拳のホームグラウンドではないので、採点が厳しいということで、河南省の太極拳館から参加したのは、我々4人だけでした。私が写真を撮ったり、いろいろな流派の太極拳の団体を見ていると、一人の青年に声を掛けられました。

「こんにちは、あなたは日本人の方ですか。僕は日本語を勉強しています。来年日本に留学することになっています」

急に日本語で話しかけられて面食らった私が、思わず中国語で受け答えをしてしまうと、「中国語がとても上手ですね、良かったら記念写真を撮ってください」と言われたので、一緒に写真を撮りました。彼の名は辛林林(シン・リンリン)さんといいました。

開幕式の行進を終えた私は、また急に具合が悪くなってきたので、仲間と別れ、翌日の競技に向けて早めにホテルに戻り、休むことにしました。しかし部屋の中を蚊が飛んでいて、煩くてあまりよく眠れませんでした。

結果は、陳式太極拳競技用套路56式は成績なし、陳式太極単剣は二等賞でした。共にこの大会に出場した元社交ダンサーの団長と、許くん、呉さんも厳しい採点を受けましたが、それでも良い成績を収めていました。

そしてこの大会には、私が中国で最初に留学した北京の『志強武館』の創立者である馮志強老師も主賓として招かれていたので、そのお姿を遠くから見ることができました。私はこの4年間という時間の長さと、出会った人達と交わした心の数々、そして過ごした日々の充実感を思い出し、大変感慨深い気持ちになりました。