REPORTAGE / 2004–2010

横山春光の中国武術留学記

南国の鳥のようなメイク

武縁

河南省を離れる準備をはじめてから、なぜか私の生活に、それまで以上に色々な人が関わってくるようになりました。

その頃、ある教練に見込まれて「毎日授業に出るように!授業を休むな!授業中はメモを取れ!半年で見違えるように上達させてやる!」と熱血指導をして頂くようになり、またカメラマンさんに写真撮影に駆り出されたり、小朱に中国料理を仕込まれたり……。他にも、地方へ帰ってしまった元太極拳館の学生達からひっきりなしに電話が掛かってきたり、家の近所の世話好きのおばさんからお見合い話を持ちかけられまくったり。河南省の夏の暑さのせいなのか、私が土地に馴染んだ証拠なのか、とにかく賑やかでした。

2008年6月上旬、練習の合間を縫って、写真撮影を行いました。

「せっかく中国に長期留学してるんだから、きちんと記念の写真を撮っておいたほうが良いよ!」

という知り合いのカメラマンさんの好意で、何度か『ザ・中国留学(?)』という雰囲気の写真を撮ってもらったのですが、まったくお化粧が似合わない顔であることと、自分でもお化粧が下手だということで、専門の化粧師に頼んでお化粧をしてもらったところ、毎回大失敗していました。

一度目は、もともと太い眉を、何の必要があるのか更に太く描かれ(私の小学校の頃のあだ名は“ゲジゲジ”でした)、その“極太眉毛”に負けないためか“つけまつ毛”を付けられ、京劇メイクのようになりました。それに加え、動作指導に来てくれていた太極拳館の表演隊の男の子が、写真映えのするポーズばかり要求してくるので、徐々に私のものではない姿になってしまいました。一回目の撮影の写真は結局すべて気に入らず、使い物になりませんでした。

二度目の撮影は、これはもう後から考えたら、ただのカメラマンさんの個人的な趣味ではなかったのか?と疑うコンセプトで、チャイニーズ・ガールというテーマだったのですが(私は生粋の日本人でしたし、既にガールではなく“おばさん”なのでしたが)、メイクといえば、またまた大失敗で、南国の鳥のような顔になりました。

(何故?なぜ私の目蓋をこんなに黄色くするのだ?しかも顔全体に施した酔っ払いのような真っ赤なチークの意味は?)

きっと何を言っても無駄だと悟り、ヘアメイク中は、されるがままのダークな気分でした。メイクが終わると、それらしき場所に連れて行かれ、ポージングまでさせられて、ここまでくると、もう完全に“コント”です。

撮影を終えた私は、「大切な一日を無駄に過ごしてしまった……」と胸が悪くなりましたが、顔をゴシゴシ拭いて、打ち上げにラーメンを食べたら少し気分が良くなりました。

この“京劇メイク&南国の鳥顔メイク事件”以降、私は(絶対に顔に色々と塗ってはいけない!しかも撮影専門のメイクなどしてはいけない!)と肝に銘じ、その後も何度か撮影をしましたが、必ずスッピンか、自分の手で最低限のものしか塗らないようにしました。色々とすればするほど、可笑しなことになるからです。

やはり、「ナチュラル・イズ・ベスト」です。