2007年3月初旬。自分では気づいていませんでしたが、この頃の写真を見返すと、以前よりもずいぶんたくましくなっていました。
卜文徳老師に毎日散々しごかれていた影響も多分にあったと思いますが、それだけではありません。太極拳館でも、教練や仲間たちから「メイダイヅ(私の中国名)!もっと堂々としろ!」「下を向いてチョコチョコ歩くな!」「腹から声を出せ!」と、これまた散々、日常的にメンタル・トレーニングをされていました。何かにつけて周囲の方々に「你是练武的!(ニー・シー・リエンウーダ/あなたは武術を志す者なのだから!)」と意識改革されていたのです。
そして、あの陳式太極拳『老架一路』の“ガバ〜ッ”と豪快に体を開く動きで、猫背になっていた“肩”と、それによって圧迫されていた“胸”が開きました。気がつけば、長時間人と会っていても、昔のように息切れや眩暈を感じなくなっていました。体が丈夫になっていくことで、確実に心も強くなっていくことを実感しました。
中国に来て、既に2年半が経っていました。
この頃、卜文徳老師の収徒儀式(正式に弟子を迎える儀式)が執り行われました。初めて参加した中国伝統武術界の『収徒儀式』は、私が想像していた以上に厳格でした。
儀式が無事に終わり、その後の宴の席になると雰囲気は一転して、会場は大変賑やかになりました。私は通訳と、礼節である祝いの酒を注ぐために、忙しくテーブルをくるくると回っていました。
「おい、俺も手伝ってやるよ!」
若者は席に着くことができません。卜文徳老師のお孫さんである卜云龍(ユン・ロン)が、声をかけてくれました。
彼とは前から顔なじみでした。明るくて破天荒な青年で、十代の後半に武術をやめて家を出ていたそうです。私が卜老師のご自宅の前で練習していると、たまに素性のよくわからない仲間や、顔立ちのよく似た恋人を連れて来て、私や小路をからかっては遊びに出かけていました。
初めて会った時、なぜか心臓を素手で潰されるような痛みを感じました。卜老師が、彼に家へ戻って武術の修行を再開してほしいと願っていることを私は知っていたので、云龍が顔を出すたびに「家に戻ってきなよ!一緒に練習しようよ!」と声を掛けていましたが、本当は、彼の姿を見るとあの痛みを感じるので、会いたくないと思っていました。
でもその日、宴の席で、云龍は私に「しょうがねーなー、爺ちゃんはもう年取ってるから、俺が武術の基礎を教えてやるよ!」と言って、皆に「俺、爺ちゃんの家に戻るから」という言葉を残し、肩を揺らせて帰っていったのです。