REPORTAGE / 2004–2010

横山春光の中国武術留学記

プレッシャーに押し潰される

北京・程派八卦掌

2009年4月、寒かった北京の冬もようやく過ぎ去り、桃の花が咲く春を迎えた頃、私は『世界終末』のごとく人生のドン底にいました。

八卦掌の上達が思うように進まず、麻林城老師にご連絡を差し上げられる状態ではなかったのです。1月に連絡して、もう3か月が経とうとしていました。コンディションは決して悪くありませんでしたが、厳格な麻林城老師にご納得いただける上達を、果たせていませんでした。

「何回注意したらわかるんだ!」

「今度この動きに熟練していなかったら、もう二度と教えないぞ!」

「私は習得できる者にしか指導しない!」

何度もそう言われていたので、「教えて頂いた動きは熟練できた」という自信がつくまで、勘当されるのが怖くて、とても連絡できなかったのです。

(麻林城老師に勘当されたら、私の人生は終わりだ……)

そこまで考えて、私は「危ない」と思いました。

(こんなに精神的に追い詰められては、絶対に良い練功などできはしない。一体なにが悪いのだ、なにが間違っていたのだ、私が悪いのか?どうしてこんなに苦しいのだっ!どうしてだっ!)

考えても状況は変わらないので、一生懸命練功に取り組もうとするのですが、強いプレッシャーを感じている体は、思うように動いてくれません。重心を保てず、歩法がふらつくたびに、心の中で絶叫しました。

(どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう……)

自分でも非常に危険な状態にあることがわかったので、心を落ち着かせるため、徹底的に自己分析をしてみました。しかし失敗しました。改めて、自分にとって麻林城老師の八卦掌がかけがえのない目標であることが明白になり、却ってプレッシャーは倍増しました。私は本当に焦りました。過去、こんなに焦ったことは他にはないというほどに焦りました。

(そうだ、一日、一日だけでも八卦掌のことを考えるのはやめよう。一日とことん落ち込めば、翌日には練功できるだろう)

“あるがまま”の自分になれば、再スタートできるような気がしました。自宅の近くに猫の集会所があったのですが、まさに“あるがまま”の猫たちがとても偉大な存在に見えたので、真似をしてみることにしたのです。

しかし、駄目でした……。体を動かしても動かさなくても、私の世界では「苦悩!」この二文字しか存在しませんでした。

不眠状態だったので断続的にしか眠れないのですが、覚醒するたびに、恐怖で気が狂いそうになりました。恐怖感というものは、とても心身を疲労させます。疲れ果てた私は、ベッドから這い出て、広い練功部屋に移動すると、大の字になって仰向けになり、虚空を見つめながら考えました。

(生き地獄だ……。でも麻林城老師に勘当されるよりは、生き地獄のほうがまだましだ……。しかし、これ以上ご連絡を差し上げないのは失礼にあたってしまう。私の人生が終末を迎えようとも、お電話を差し上げなければ……)

私は、ほとんど無感覚になっていた親指で携帯電話の電話帳を開くと、麻林城老師に電話をかけました。電話の呼び出し音が、私の人生の終末時計の針の音に聞こえました。

(もう限界までやった、仕方がない)と観念した時、麻林城老師の声が聞こえました。

「師母(シーム/老師の奥様をこう呼びます)が心配していたんだよ、全然連絡をよこさないから。引っ越しの作業は全て整ったのか?私は来週末には時間が取れるから、練功を指導してあげよう」

私は「申し訳ありません老師、ありがとうございます老師」と言って、電話を切りました。

中国語で世界終末のことを「世界末日(シージエ・モーリー)」と言います。私はそれから毎日、麻林城老師に勘当される場面を想像して、「末日、末日……(モーリー、モーリー)」と呟きながら練功に取り組みました。

そうしているうちに、自然と心が静かになっていきました。