REPORTAGE / 2004–2010

横山春光の中国武術留学記

狂気的トップページ製作秘話

武縁

2008年8月、そう、あの北京オリンピックが開幕した頃です……。私は、もう何日も自宅に閉じ籠って“のたうちまわって”いました。『日本中国伝統功夫研究会』のウェブサイトのトップページが、どうしても決まらないのです。

サイト制作を開始してから、既に半年以上が経っていました。途中、デザインを諦めて資料の翻訳をしたり、武術の歴史の勉強をしたりして、トップページのアイデアが浮かんでくるのを待っていたのですが、待てど暮らせど、まったく浮かんでこないので、もう腹を決めて缶詰状態になったのです。私はデザインの勉強を、専門的にしたことがありません。

試行錯誤すること、数十枚。いつも知人のカメラマンさんにチェックして貰っていたのですが、毎回ダメ出しをされていました。最初は数枚ほど、麻林城老師のご意向であった『伝統色』を全面に出したデザインで作ってみたのですが、敷居が高すぎる雰囲気になってしまい、とても会を背負っていく自信が湧いて来ず、途中で制作を断念しました。しかし、ラフなデザインにすると、もの凄く信憑性に欠けてしまいます。また、個人色を出すと、オフィシャル感が無くなってしまう。ほぼこの3パターンの繰り返しで無限ループにはまり、中途半端なデザインを上げては、ダメ出しをされていました。

苦しかった私は、毎回ゴタゴタと言い訳をするのですが、言い訳をすると「じゃぁ、これでいいんじゃん?」と言われて余計に落ち込むので、途中から、ダメ出しをされたら黙ってもう一度一から作り直す……、という作業を続けていました。

そして、最終デザインから数えて二番目のデザインが出来上がりました。カメラマンさんにメール添付でチェックして貰うと、「うん、今までで一番いいんじゃない!」と、とりあえず好感触を示してくれ、私自身(これが自分の能力の限界だ……)と感じたので、数十時間稼動しっぱなしだったパソコンの電源をオフにすると、ベッドに横になりました。

(なんか……)

(いや、考えるのはよそう)

(でも)

(やめて、やめるのだ、自分よ!もうこれ以上追求しようとするのは止めるのだ!)

(でも……)

「わー!!」

なんと私は、再びパソコンを起動すると、数十時間かけてピクセル単位まで微調整して、手打ちでHTML化したトップページを、元データごと全て削除してしまったのです。

たぶん、何かが気に入らなかったのです。

(ふふふっ、死んだ、大量の脳細胞が……)

何かが「プツリ」と切れた私は、観る人の視点、麻林城老師の視点、私の方向性、もう全て数百回と考慮して制作した過去のデザインまで、一つ残らず(ふふふふっ)と不気味な笑い声を上げながら、全て削除していったのです。妥協できない自分を呪いました。呪いながら笑いました。自分に無い能力を無理やり捻り出そうとする行為を嘲笑いました。そして、動物園の中のノイローゼ・ライオンよろしく、再びベッドの上に撃沈しました。

(も〜ダメだ、気に入らないデザインを使うのもイヤだ、かといって気に入ったデザインを作り出す能力もない、トップページが出来上がらないと、麻林城老師に何故まだ中国に残っているのか言い訳ができない、でもデータはこの手で全部削除してしまった、デザイン脳細胞もほぼ死滅してしまった、絶体絶命だ!)

(ああ〜、神さま〜、神さま〜、助けてくださいー!)

(光を〜、光をくださいー!) by ゲーテ

次の瞬間、私は神の存在を知ったのです。

何かが閃いた私は、エンプティーになっていたハズの精神力を無視し、パソコン内の数枚の画像を選択すると、突然サクサクと作業を始め、その日恐ろしいほどの気合いで徹夜をし、『日本中国伝統功夫研究会』のトップページを作り上げました。

翌朝、知人のカメラマンさんにメールでトップページを送ってチェックしてもらうと、「君は、狂人か!?あそこまで苦労して作ったトップページを削除して、また新しいのを作るなんて、どうかしてるよ。でも、うん、これだね。正直昨日のデザインはありきたりだった、これはオリジナリティがあって良いよ!」

「そりゃ、どうも、ありがとう」

と答えた私は、そのまま電話を切って昏睡しました。

使ってはいけない予備タンクのエネルギーを全て使い切ってしまった私は、数日間、怖くて完成したトップページが観れませんでした。そして数日後、パソコンを立ち上げて、もう一度トップページを観た時、それ以前のデザインに感じていた違和感がまったく無かったので、魂の核心まで解放された私は、「神さま、本当にありがとうございます!」と言って、部屋の中で怪しげな舞を踊って、何度も何度も感謝の言葉を上げました。私の能力の限界に、ちょっとだけ手助けをしてくれたような気がしたからです。

ウェブサイトの顔は、当たり前ですがトップページです。トップページが完成したら、あとはデータを流し込んでいけばいいだけです。もう心は、数か月間の鉛が溶解したかのごとく軽やかでした〜♪

数日後、カメラマンさんが時間ができたというので、依頼していた陳家溝日帰りツアーに連れて行って貰いました。気がつけば、もう9月になっていました。陳家溝の村は、秋の収穫で黄金色に染まっていました。

太極拳の発祥の地・陳家溝の村を歩いていると、中国留学当初の頃の自分を思い出し、(本当に長かった、充実していた、なんてたくさんのものに私は出会えたんだろう)と色々な思いが浮かんできて、心が「す〜っと」深まっていくような気がしました。