REPORTAGE / 2004–2010

横山春光の中国武術留学記

中国武術段位「五段」取得

武縁

私が競技を終えて一息ついていると、一緒に大会に出場していた呉さんが「メイダイヅ、『中国武術段位』の考試(試験)を一緒に受けよう!」と声を掛けてきました。

私が「なに、それ?」と質問すると、「君は過去にいくつかの大会で成績を上げてるから、もう『中国武術段位』の試験を受けることができるよ。この試験はいつでも受けられるわけではないんだ。こういう大きな大会で、中国武術協会の幹部の人達や、太極拳の大家の老師方が集まる正式な機会でないと、なかなか開催されないんだ。良いチャンスだよ!」

私は『中国武術段位』と言われてもピンと来なかったので、「どっちでもいいよ」と答えると、「あ〜、もう、君はわかってないな!この『中国武術段位』を持っていれば、君の将来に大きく役立つんだよ!」と言われ、手を引かれ、エントリー用紙に記入する机まで連れて行かれ、言われるがままに用紙に必要な事項を記載しました。しかし、一体『何段』を受けていいのかがわからなかったので呉さんに聞いてみると、私の場合は五段を受けられるキャリアがあるというので、言われたとおり五段を受けることにしました。

試験は実技と筆記がありました。私は中国武術協会の会長が試験説明をしている時も「ボ〜ッ」としていたらしく、試験を受ける私たちよりも興奮している元社交ダンサーの団長に「メイダイヅはなんてマイペースなんだ、さっき会長が肝心な筆記試験の内容を説明してたのに、全然聞いてなかっただろ?」と言われました。

実技試験は、翌日の夜7時から行われました。その頃にはやっと、五段はかなりミドル・クラスな段だということがわかってきて、さすがの私も緊張してきました。共に五段の実技試験の順番を待っている外国人選手や、海外に移り住んでいる中国人選手は、見るからに熟練者揃いで、私だけが背の低い女性だったので、自分がとても場違いな所にいるような気がして、落ち着かなくなりました。私より先に実技試験を行っている選手を見ていると、みんなとても激しい動きを行っています。

(ご、五段って、やっぱりああいう激しい動きを行えないといけないんだろうか……?)

団長から「メイダイヅは、陳式太極拳の競技用套路『56式』でいけ!」と指令が出ていたので、私は直前まで完全にそう思っていたのですが、なぜか自分の順番が近づいてくるうちに、徐々に(違う……)という気がしてきました。

(私が河南省で学んできた太極拳は競技用の套路じゃない!私が一番好きだったのは老架一路だ。ひ弱だった私の体と心を強くしてくれ、つらかった時も、楽しかった時も、いつも仲間と共に鍛錬してこれたのは、老架一路なんだ!)

私は直前で、『競技用套路56式』から伝統陳式太極拳の老架一路に変更しました。

(それが自分の太極拳だ!)

自然に、そういう気持ちが湧いてきたからです。

順番が回ってきて、中国武術協会会長と審判団に敬礼をし、定位置まで歩いて行くと、いつものように緊張感は無くなりました(私はいつも、なぜか本番に強いのです)。始まりの合図の笛が鳴ってから、私は静かに息を吸って吐くと、数え切れないほど練習してきた“太極起勢”を行いました。

となりで一緒に試験を受けている男の人たちは、みんな緩急のある動作で、激しい発勁を行っています。私だけが、素朴な老架一路の動きを淡々と行っていました。

そして、五番目の動作“単鞭”を行った時、突然、正面中央に着席されていた中国武術協会の会長にストップの合図を送られ、近くまで来るように呼ばれました。他の選手たちは、まだ動作を続けています。私だけが、たった五つの動作しか行っていないのに、止められてしまったのです。

私は収勢をして、駆け足で会長の前まで行きました。きっと試験には落ちたんだろう、と思いました。

会長は鋭い視線で私を見ると、「君は何歳になりますか?」と質問されました。私が「32歳になります」と答えると、会長は「もう下がってよいですよ」と言って、採点表に目を落としました。

私は会長に敬礼し、また駆け足で下場して仲間のもとに戻ると、団長がえらく興奮しています。「メイダイヅ、君はスカウトされたのか!?あの会長は、ジェット・リーを映画界にスカウトした方なんだよ、映画、映画に誘われたのか!?」と鬼気迫って聞いてきます。私が「いえ、年齢を聞かれただけです」と答えると、みんなは一気に落胆した表情になり、「なんだ、てっきり映画にスカウトされたのかと思ったよ。そうか、きっと君は実年齢より若く見られるから、それを会長は質問したんだな。五段はある程度のキャリアがないと受けられないから、20代前半だったら試験を受けても受からないんだよ」と、ああでもない、こうでもないと分析をはじめました。

そして、実技試験に臨む前の私にあんなに「56式で行け!」と言っていた団長が、「それにしても、あの選択は良かった。よく老架一路を堂々と演武したね。56式の派手な動きより、あの落ち着いた老架一路の方がよっぽど迫力があった。会長も君の外見と動きにギャップがあったから、直接君自身に年齢を聞きたくなったんだろうね……」と言っていたので、私は心の中で(中国人は結果オーライで良いなぁ)と思いました。

こうして私は、『中国武術段位 五段』を取得しました。実技試験で演武したのは、太極起勢、金剛搗碓、懶扎衣、六封四閉、単鞭の、五つの動きでした。