REPORTAGE / 2004–2010

横山春光の中国武術留学記

中国茶との出会い

北京・程派八卦掌

2009年8月上旬、私はかねてから気になっていた中国茶を、ちゃんと学んでみたくなりました。

と言っても、北京市内の中国茶芸の学校に通う時間はなかったので、家の近所に何処か顔馴染みになれる中国茶店はないかと、練功の合間を縫ってはウロウロと街を歩き回り、良さそうなお店を見かけると飛び込みで入って店員さんに話しかけてみる、という方法をとりました。大きくて綺麗なお店は見た目は専門的なのですが、店員さんはただ茶葉を売ることだけに精を出していたので、私は大きなお店を避けて、もう少し小さな、個人で商っているような目立たないお店を探すことにしました。個人営業の中国茶店は殆どお馴染みさんの井戸端会議の場になっていたので、入るのにかなり勇気が必要だったのですが、それでも何軒か回って、ある日やっと、私が求めていた雰囲気のお店に出会いました。

薄暗い店内には店長らしき年配の男性が静かに座っており、私が「あのぉ、中国茶芸を学びたいのですが、ここで学ぶことはできますか?」と尋ねると、「私の娘は茶芸師だよ。今日は店を休んでいるので、明日また同じ時間に顔を出してごらん」と言うので、「それでは茶葉のこととか、茶具のこととか、色々学べるんですね!」と期待を込めてもう一度尋ねてみると、「ああ、年頃も同じくらいだから話も合うと思うよ」と言ってくれました。

(良かった!やっと見つかった、明日が楽しみだ〜!)

私は心底喜んで、自宅に帰りました。

翌日もう一度そのお店に赴くと、店内には若い男性の店員さんがいました。「あっ、君が中国茶芸を学びたがってる人だね、ちょっと待ってて、いま電話を掛けて茶芸師に来るように言うから」と電話を掛けると、5分後には杨渊(ヤン・ユエン)さんという女性の茶芸師さんが来てくれました。

とても気さくで落ち着いた雰囲気の杨渊さんは、まず中国茶を淹れる表演をしてくれました。初めて目にする茶器たちがお湯で洗われてゆく姿はとても美しく、温かな湯気は私の心を潤してくれました。「ぽ〜」と見惚れていると、杨渊さんは不思議そうな顔で私を見て、「そんなに珍しい?」と聞いてきました。私は、そう言えば自分が日本人であることを言い忘れていたことに気がつき、改めて自己紹介をすると、杨渊さんと、杨渊さんの旦那さんであった若い男性の店員さんが、驚いて目を丸くしていました。

「言われなきゃ、全然気がつかなかったよ。中国語上手だね」

と、もう何度言われたかわからないお褒めの言葉を頂いたので、「うん、武術の才能はないんだけど、語学力はあるみたい」と言うと、「あはは、冗談も言えるのね。これから仲良くなれそうね」と言ってくれました。

私は初心者用にお手ごろな価格の茶葉と茶器を見繕ってもらうと、淹れ方をメモして、「とにかく最初は自分で淹れて飲んでみるのが一番だから」と杨渊さんが言うので、初日はあまりたくさんのことを学ばずに、自宅に帰って飲んでみることにしました。

まずは、有名な龍井茶。

(おおぉ!美味しい……)

そして、これまた銘茶の祁門紅茶。

(紅茶って、こういう味だったんだ……)

続くは、宮廷プーアル茶。

(なんか変な味……)

夢中になって淹れて飲んでいると、あっという間に時間が経ちました。

三日後、もう一度杨渊さんに会いに行って各茶葉の味の感想を話していると、今度は詳しい淹れ方や、適したお湯の温度を教えてくれました。最初は(美味しさがイマイチ良くわからないなぁ)と思っていたプーアル茶ですが、毎日飲んでいると段々その味わいがわかるようになりました。杨渊さんは、「メイダイヅは当然プーアル茶派であるべきよ、だって練功をする人でしょ。プーアル茶は心を落ち着かせてくれるのよ。他のお茶は午前中、頭がスッキリしない時に“起神(チーシェン/目覚まし)”の意味で飲むのがいいわよ」とアドバイスしてくれました。宮廷プーアル茶を勧めてくれたのも杨渊さんです。この他にも『岩茶』である大紅袍も好んで飲むようになりました。昔々、お寺で作られていたお茶です。飲むと本当に、お寺のお香のような落ち着いた香りがします。

部屋で孤独に黙々と練功をしていても、疲れたらちょっと座って中国茶を淹れる。そしてお茶を飲みながら甘栗を食べる。「ぼ〜」っと静かな空間を眺めて、体の感覚を辿ってみる。そして元気が出たら、また練功する。

杨渊さんのお陰で、ストイックな練功の日々に、静かな楽しみを見つけられるようになりました。