REPORTAGE / 2004–2010

横山春光の中国武術留学記

北京体育大学を見学

北京・程派八卦掌

2009年9月下旬、8月から保護していた迷い猫の元甲(ユェン・ジャア)の里親はなかなか見つからず、私の住んでいたアパートですくすくと育っていました。

大きくなるにつれどんどん暴れん坊で凶暴になっていくので、里親が見つかっても可愛がって貰えないのではないかと心配になり、いっそのこと日本に連れて帰ろうかと思い、どんな手続きが必要になるのか調べたりしていました。しかし日本に帰ってからの自分の生活もまったく予想ができず、また飛行機では同じ席に同乗できないので万が一のことを考えると、どうするのが元甲にとって一番幸せな方法なのかわからなくなっていました。元甲の寝顔を見ていると別れる日が訪れるのがつらくなり、せめて写真だけでもと思い、何枚も何枚も写真を撮りました。これほどずっと一緒に居たいと思った猫はいませんでした。

そんなある日、北京で陳式太極拳を学んでいる友人から連絡がありました。北京体育大学に行く用事があるから、私も一緒に行かないか、というのです。北京体育大学は大変有名な大学でしたし、附近に練功用のジャージ専門店や武器屋さんが軒を並べているらしく、以前から一度行ってみたいと思っていたので、誘いに乗ることにしました。せっかくなので剣を背負い、友人の用事が終わるまで、北京体育大学の学生と基本功の交流をしようと計画しました。

事前に友人に手配をお願いしていたので、北京の南の郊外からバスを乗り継いで縦断して北京体育大学に到着すると、なんなく体育部の学生に剣の基本を教えて貰うことができました。河南省にいた時期に卜文徳老師から厳しい基本を叩き込まれていたので、簡単な型だけは真似することができましたが、やはり体の使い方が違うので、とても新鮮に感じました。

その男子学生は、名門中の名門である北京体育大学の体育部の学生だけあってずば抜けた運動神経をもっており、また気合いも入りまくっていました。体を大きく開き、直線的に力を通す動きは、私には慣れないものでした。男子学生は、私の力が完全に通っていないのを見て取ると、いきなり私が持っている剣の剣先に顔を持ってきて、

「俺の顔に向かって、真っ直ぐに突いてこい!」

と言うので、「いやいや危ないですから、初心者ですから、手元が狂ったら大変ですから」と言うと、「いいから、気合い入れて突いてこい!」と怒鳴られたので、「ビシ!ビシッ!」と突いていくと、男子学生は中腰のまま私の剣先から顔を1ミリも動かさず、「本気で突いてこいやー!」とダメ出しをしてきます。すでに疲れ始めていた私が「オリャ!オリャ!」と本気で突いてみると、「よし!この練習は終わり!」と言って、涼しい顔で次の動きに進みました。

(か、体が弾けそうだ……)

慣れない私の心身をよそに、今度は剣をクルクルと体に巻きつかせて回転させる“舞花”の基本です。直前の動きで体が針金のように緊張していた私が、「あ、あのう……、どうしても腰のところで剣が引っかかるんですが……」と質問してみると、強面の男子学生は、ドスの利いた声で、

「腰を使わんかい、腰をー!」

とあおってくれました。腰と言われれば、ある程度反応できます。

「こ、こんな感じでしょうか?」

「おお、ちょっと良くなったじゃないか。でもまだ気合いが足りないな。もっとこう、大胆に!“ソウルフル”に!」

(ソウルフル〜!?魂を込めろってことか!)

久しぶりに新鮮な気持ちになり、男子学生の熱意に感動していると、「じゃ、俺は課外授業があるから、あとは自分で練習してな」と言って、去っていきました。嵐のような北京体育大学の体験でしたが、貴重な気合いを入れてもらえて、大感謝でした。気合いだけではなく、驚くほど股関節が柔らかく、体全体の動きが協調一致しているのが門外生の私にも理解できたので、(やっぱり同じ人間が行う動きだから、流派は違えど、共通点は沢山あるんだろうな)と、人の少なくなりはじめた北京体育大学のグラウンドで、しみじみと思いにふけりました。

そうこうしていると、用事をすませた友人が私を呼びに来てくれました。夕食の時間だったので、学食で食事をしました。激しい動きをしてお腹がペコペコだったことと、学食なんて殆ど行ったことがなかったので、気分はウキウキです。

夕食の後は、近くのジャージ売り場に探検に行きました。山のように積み上げられた靴下の大安売りを見て、(やっぱり武術を鍛錬する学生にとって靴下って激しい消耗品だよなぁ)と納得し、自分も一束買いました。「北京体育大学」とプリントされているTシャツが沢山売られていましたが買うわけにもいかず、売り場内をウロウロしていると、普通にアディダスのジャージも売っていました。

ジャージは大好きです。中国人はジャージ好きで普段着でもジャージを着ている人が多いので、私も毎日ジャージで生活していました。レディースはウエストの部分が絞られていて動きにくいので、練功用にはメンズのジャージをよく買います。綺麗なシルエットのレディースは、お出掛け着(?)にしています。練功中は汗をかきやすいことと、繊細な感覚を得たいので、肌と服の間に空気の層ができるメンズのLサイズを愛用しています。たまに中国の友人に「女の子なんだからさ〜、休みの日くらい化粧してお洒落したら?毎日ジャージで飽きないの?」とよく言われていましたが、女の子という年齢はとっくに過ぎていましたし、まったく飽きませんでした。お化粧どころか、日焼け止めも塗っていませんでした。肌が弱いので日焼け止めにかぶれることと、老師の前でペタペタと何度も塗りなおすわけにはいかないので、紫外線だけは気合いでカットしているつもりになっていました。脂性肌なので、「油があったほうが何となくUVをカットできそうだ」と言って、顔も水で洗っていました。

この日は、家に帰ったら外は真っ暗になっていました。玄関のドアを開けると、迷い猫の元甲(ユェン・ジャア)が「お腹空いたよ〜、ニャ〜ン!」と鳴いて、私の足もとに擦り寄ってきました。