2008年12月、竹園で決めてから、私は北京へ移る準備を始めました。3年半かけて慣れ親しんだ河南省を離れ、麻林城老師のもとへ行くのです。
一人で引っ越しの全部を済ませるのは無理だとわかり、私は、陳式太極拳を自力で学んでいる北京の知り合いに、思い切って電話をかけました。2005年8月の河南省の『国際太極拳合宿』で知り合い、半年に一度くらい電話で話していた人です。「北京に八卦掌の老師がいるので、住むところを探してもらえませんか?」とお願いすると、快く引き受けてくれました。
私はとりあえず2泊3日分くらいの荷物を持って夜行列車に乗り、翌日の早朝6時50分に北京西駅のホームに降りました。
「うっ! さ、寒い……!」
河南省に3年もいたので、すっかり北京の冬の寒さを忘れていたのです。麻林城老師に呼ばれて練習する時以外(老師のご指導は四季を問わず公園で行われます)、自力で屋外練習をするのは無理だと、即座に判断しました。
駅まで迎えに来てくれていた知人に「なるべく家賃が安くて、練習ができるスペースのある部屋を探してもらえませんか」とお願いすると、「好的,就是北京的冬天太冷(ハオダ、ジウシー・ベイジンダ・ドンティエン・タイ・ロン/わかった。ただ、北京の冬は寒すぎるけどね)」と言って、知人は丸2日かけて何軒も見て回り、麻林城老師のお宅に近い、建設中の広々としたマンションを探してくれました。まだ工事中で公共の暖房も入っていないので格安なのだそうです。「とりあえず春までここに住んで練習したら?」と言うので、そうすることにしました。
思い切ると即行動してしまう私は、あっという間に河南省のアパートを引き払って、12月18日に北京へ引っ越しました。あんなに未練を感じていた河南省ですが、動き始めてからは、まったく未練はなくなりました。竹園で決めてから、2週間ほどのことでした。
もう麻林城老師が断れないほど、北京での長期生活の準備を整えてから、私は改めて老師に電話をかけました。
「麻林城老師! 河南省では色々としがらみもあり、八卦掌の練習に集中できないので、老師のお宅の近くに引っ越しました! これからよろしくお願いします!」
この台詞は、実は知人の入れ知恵です。
「何かを学ぶには、時には“脸皮厚一点(リエンピー・ホウ・イーディエン)”が必要さ。どんな老師だって、熱意のある生徒は好きだ。追い返されてもしがみつくくらいの熱意を持って、“厚脸皮(ホウ・リエンピー)”で行ってきな!」
“脸皮厚一点”は、直訳すると“面の皮を厚くする”。そう言って、私の背中を押してくれたのです。
春に北京に住んで指導を受けたいと願った時は断られた私でしたが、今回は「わかった。時間のある時に指導をするから、それ以外の時間は自分で練習をしていなさい」と仰っていただけました。
こうして私は、北京での一人暮らしを始めたのです。
初出 2011年9月
つづく