REPORTAGE / 2004–2010

横山春光の中国武術留学記

研究会のはじまり

武縁

2008年1月、前の年の8月に陳家溝まで来てくれた太極拳仲間の小田さんが、日本から河南省へ来てくれました。小田さんには、八卦掌を習いたいという希望がありました。

1月5日、まず太極拳の紹介写真を撮影するために、太極拳館の表演隊の隊長を動作指導に招き、撮影スタジオで丸一日かけた撮影を行いました。

それから1月11日、私は小田さんと一緒に、北京にいらっしゃる麻林城老師のもとへご挨拶に向かいました。

面会場所は、北京郊外のホテルの一室でした。事前に私が小田さんを紹介すると、麻林城老師は「メイダイヅが信頼している人ならいいだろう。」と許可してくださいましたが、さらに「その代わりメイダイヅに不敬な態度をとるようであったら、私は教えない」と釘を刺されました。

以前、卜文徳老師のもとへ青年を連れて行った時、私はまだ学生を紹介してもいい立場ではありませんでしたが、気がつくと私は老師に学生を紹介できる立場になっていたのです。

小田さんは日程に余裕がなく、この時は直接指導を受けることはできませんでしたが、研究会の公式サイトに紹介として掲載する麻林城老師の写真をスタジオで撮ることになり、3人で撮影を行いました。

写真はブラッシュアップ中です

中国に来て、師匠を見つける。

いよいよ、私の夢が叶い、これからは自分の選んだ道を歩けると思うと、胸の奥から誇らしい気持ちとやる気が湧き上がってくるのを感じました。

それまでは、自分のための鍛錬に明け暮れる日々でした。それが急に、「日本に帰って、誰かに伝えること」に向かって動き出していました。まだ見ぬ自分の教室で、数名の学生と一緒に、中国で学んだ太極拳や八卦掌を練習している姿を思い浮かべると、本当に自分のことなのかと疑うほど、未来が明るく見えました。

小田さんが帰国し、河南省に戻った私は、1月の下旬から、自宅で八卦掌の基本功に励みました。つま先を内に入れる扣步(コウ・ブー)、外に開く摆步(バイ・ブー)、そして部屋の中でもできる直走(ジー・ゾウ/まっすぐ歩く)。北京で麻林城老師に教わったことを、毎日繰り返しました。練功の前の準備運動と基本功は、知人のカメラマンが写真に撮ってくれました。

写真はブラッシュアップ中です

研究会の公式サイトを作るためのノートパソコンを、小田さんが日本から国際郵便で送ってくれたので、練習の合間には、麻林城老師からお預かりしていた八卦掌の資料の翻訳に取りかかりました。

春節が近づいた頃、私は日本の先生に国際電話をかけましたが、麻林城老師に八卦掌を習うことに、先生は賛成ではありませんでした。

「春光さんが麻林城老師に伝統八卦掌を学ぶのなら、私の会からは破門にしなければならない。」

そう言われた私は、

「だったら、破門にしてください」

と答えました。

初出 2011年7月

つづく