2008年8月、北京オリンピックが開幕した頃、私は何日も自宅に籠って、のたうちまわっていました。『日本中国伝統功夫研究会』のウェブサイトのトップページが、どうしても決まらないのです。
サイト作りを始めてから、もう半年以上が経っていました。途中、デザインを諦めて資料の翻訳をしたり、武術の歴史の勉強をしたりして、アイデアが浮かんでくるのを待っていたのですが、待てど暮らせど浮かんでこないので、腹を決めて缶詰になったのです。
試行錯誤すること、数十枚。いつも取材で知り合ったカメラマンに見てもらっていたのですが、毎回ダメ出しをされていました。最初は、麻林城老師のご意向だった『伝統色』を前面に出したデザインで作ってみたのですが、敷居が高すぎる雰囲気になってしまい、とても会を背負っていく自信が湧いてきませんでした。かといって、くだけた雰囲気にすると、本当にある会なのか疑われそうでした。自分の色を出すと、公式サイトらしさがなくなる。この三つの間で無限ループにはまり、中途半端なデザインを上げては、ダメ出しをされていました。言い訳をすると「じゃあ、これでいいんじゃない?」と言われて、「これでいい、じゃダメだ。これがいい、と言わせないと」と余計に落ち込むので、途中からは、ダメ出しをされたら黙って一から作り直す、という作業を続けていました。
そして、最終デザインから数えて二番目のデザインができあがりました。カメラマンにメールで送ると、「うん、今までで一番いいんじゃない!」と、とりあえず好感触。私自身も(これが自分の能力の限界だ……)と感じたので、数十時間つけっぱなしだったパソコンの電源を切って、ベッドに横になりました。
(なんか……)
(いや、考えるのはよそう)
(でも……)
「わー!!」
なんと私は、再びパソコンを起動すると、数十時間かけてピクセル単位まで調整し、手打ちでHTML化したトップページを、元データごとすべて削除してしまったのです。たぶん、何かが気に入らなかったのです。何かが「プツリ」と切れた私は、それまでに作った過去のデザインまで、一つ残らず削除していきました。妥協できない自分を呪いました。呪いながら笑いました。
(気に入らないデザインを使うのもイヤだ、かといって気に入ったデザインを作り出す能力もない、トップページができあがらないと、麻林城老師になぜまだ中国に残っているのか言い訳ができない、でもデータはこの手で全部削除してしまった、絶体絶命だ!)
(ああ〜、神さま〜、助けてくださいー!)
次の瞬間、何かが閃きました。空っぽになっていたはずの精神力を無視して、パソコンの中の数枚の画像を選ぶと、突然サクサクと作業が進み、その日は恐ろしいほどの集中力で徹夜をして、『日本中国伝統功夫研究会』のトップページを作り上げました。
翌朝、カメラマンにメールで送ってチェックしてもらうと、「君は、狂人か!? あそこまで苦労して作ったトップページを削除して、また新しいのを作るなんて、どうかしてるよ。でも、うん、これだね。正直昨日のデザインはありきたりだった、これはオリジナリティがあって良いよ!」
「そりゃ、どうも、ありがとう」
と答えた私は、そのまま電話を切って昏睡しました。
使ってはいけない予備タンクのエネルギーまで使い切ってしまった私は、数日間、怖くて完成したトップページを見られませんでした。数日後、パソコンを立ち上げてもう一度見た時、それまでのデザインに感じていた違和感がまったくなかったので、「神さま、本当にありがとうございます!」と言って、部屋の中で怪しげな感謝の舞を踊りました。ウェブサイトの顔はトップページです。あとはデータを流し込んでいけばいいだけです。心は、数か月分の鉛が溶けたように軽くなっていました。
初出 2011年8月
つづく