REPORTAGE / 2004–2010

横山春光の中国武術留学記

北京で一人の誕生日

北京・程派八卦掌

建設中のマンションは広くて、買ってきた暖房器具のパワーがまったく及びませんでした。一日中部屋の中にいても屋外にいるような寒さから逃げられなかった私は、3日もすると風邪を引きました。

それでも、引っ越した年が明けて、2009年1月14日は、私の33歳の誕生日でした。

一人でお祝いをしようと思い、市場でピンクのバラの飾りがついたケーキと、珍しく「長城紅酒(チャンチョン・ホンジウ/長城ワイン)」を買ってきました。普段お酒を飲まない私にとって、ちょっとした贅沢でした。

写真はブラッシュアップ中です

しかし翌朝、目が覚めたら、大変なことになっていました。

目が開きません。天井がぐるぐる回っています。二日酔いなら吐けば楽になるのですが、吐くどころか、目が回って歩けません。何日そういう状態だったのか、覚えていません。

なんとか復活したのですが、この話には続きがあります。

その数か月後のことです。たまたまスカイプを触っていたら、スピーカーから、女性の呻き声が聞こえてきたのです。

私は布団をかぶって、恐怖でガタガタ震えました。頭は思考停止です。それでも、本能が働いたのか「?」という、言葉にならない感覚があり、突然、思ったのです。

(……私?)

誕生日の翌朝の、あの日の声です。たぶん、意識のないまま、助けを呼ぼうとしたのだと思ったのですが、一番怖いのは、私は誰ともスカイプをしていなかったということです。携帯電話にも、発信の履歴はありませんでした。

(……私は、誰にかけたの?)

それから間もなく、今度は風邪をこじらせました。これはマズイと思った私は、いつか誰かに「フナ(川魚の鮒)と豆腐のスープは滋養がつく」と言われたのを思い出し、市場でフナと豆腐を買ってきて、寒い台所で気合いを振り絞って“フナと豆腐スープ”を作りました。熱々を「ふ〜ふ〜」しながら食べると、体も温まり、気分も良くなり、そのまま布団に入って寝たのは良いのですが、翌日またしても大変なことになりました。

あたったのです……。

たぶん、フナに……。

なにも食べられません、というより、食べ物を買いに行く体力がありません。布団に包まってガタガタ震えながら、(凍死するのが先か、餓死するのが先か、脱水死するのが先か)と考え、(このまま冬眠して目が覚めたら春になっていやしないか?)と野生的な発想で己の回復力を信じ、虫のように布団の中で丸まり続けました。

何日間そうしていたのか記憶はありませんが、治った頃には、ちょっとしたミイラのような顔になっていました。私は鏡を覗き込んで(死ななかったな〜)と思いましたが、生きているのでこれからなんとかしなければなりません。

そして運の悪いことに、この冬は鳥インフルエンザや豚肉の薬の騒ぎで、安心して食べられるものが豆腐と魚くらいしかありませんでした。

前途多難です。衣食住の知恵がなければ、とても武術の修行などできません。

つづく

続きは、ただいま改稿中です。できあがった回から順に公開します。