第六部は、2007年12月に麻林城老師のもとへ向かった日から、2008年12月に河南省を出る日までの、1年の記録です。
書き直しながら、気がついたことがあります。この1年は、断る1年でした。
春節の前に、日本の先生に「だったら、破門にしてください」と自分から言いました。3月には、北京に住んで指導を受けたいという願いを、麻林城老師に断られました。6月には、太極拳館で勧められた師事を断りました。10月の段位の試験では、直前に自分で動作を老架一路に変えました。
まだ手にしていないもののために、今あるものを一つずつ手放していた1年でした。手放した先に何があるのか、自分にも見えていませんでした。だから、アクセルとブレーキを同時に踏むようなことになっていたのだと思います。
中国には「旧的不去,新的不来(古いものが去らなければ、新しいものは来ない)」という言葉があります。この頃の私は、その言葉のとおりに動いていたのに、自分ではそれがわかっていませんでした。
外から見ると、この1年は賑やかです。金メダルも、五段も、河南省で一番たくさんの写真もあります。写真が多いのは、知人のカメラマンが写真とサイト作りを手伝ってくれたことと、気分が落ち込んだ時に自分でも撮るようになったことが理由です。一番華やかに見える年が、一番一人だった年でした。
それでも、私を見ていてくれた人たちがいました。黄教練、董老師、傅教練。そして、ずっと「いつでも訪ねてきなさい」と待っていてくださった麻林城老師。
竹園で、やっと一つだけ「北京へ行こう」と言えました。それが、第七部の始まりです。
最後に一つ。2006年10月、鄭州の伝統武術大会に87歳で出場した卜文徳老師を、鄭州晩報が鄭州代表団の最年長選手として紹介しました。同じ日の紙面には、大刀で八卦刀を演じた麻林城老師の記事も載っていました。その大会を、私は現地で撮影していました。自分の人生を左右する二人の師が同じ場所にいたことに、まだ気づいていませんでした。